ゆとりの逆襲

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鳩ぽっぽ元・総理は一体全体何がしたいのか?

 元・総理って名前が付くだけで、海外でももしかしたら小さいニュースぐらいには取り上げられるかもしれない鳩山由紀夫さん。

 Googleで検索したら、さすがに検索欄には出てこないけど、「他のキーワード」のところで3番目に〇ねって出てくる、ある意味凄い人。

 

 

 あの人は一体何がしたいんですか?

 

「批判されまくってますけど、どーです?」

 って記者会見とやらで聞かれて、

「慣れてるんで★」

 って言ってらっしゃったのだけど、いや、慣れるなよ。ええ??

 

 本当に何がしたいんだろう。

 

 目立ちたい?

 何かを成し遂げたい? 名誉が欲しい? 歴史に名を残したい?

 俺、政府に逆らってでも自分のやりたいことやるんだー!って思ってらっしゃるのかしら? 批判されても頑張るオレ、すげー! ですか?

 

 …えっと、空気も読めないのにですか?

 

 

 たまたまニュースをつけたら、解説の方がほとんど叱るような口調で怒ってたのでびっくりしました。まあ、気持ちは分かります。そして、解説する価値なしなんで……なんであんなことしてるのか解説出来る人、多分この世にいないと思うし。

 

「政治家さんはね、国民の代表だから、国民の空気を読みつつ行動しましょうね?」って言ってあげたいよ。まあ、聞きやしないと思うけどね。

子どもが何かしたとき、母親だけが謝るのはどうなのだろう

 何故か私は道端で、よく子どもに「ちょっとごめんねー」って言って道を通る気がする……。後は、道を歩いてるだけでボールが当たったり、学生時代はサッカーボールが顔面を直撃するのは結構よくあることだった。まあ、そんな運のない、ちょっと残念人間なのはさておき。

 

 子どもがちょっと道を塞いでいるような場所で、わいわいしていたので、「ちょっとごめんね」って言う。と、親が謝ってこられる。いや、怒ってないんですけど、(サッカーボール当てられるより良いし)それはちょっと違うんじゃないの?といつも思う。プロの当たられ屋としてはね。

 

 だって、子どもと言えども一人の人間。子どもに謝らせるのが筋だし、子どもの教育の為にも良いはず。こういう時は謝るってしっかり覚えられる。なんで親が謝るんだろう? そうすると、また子どもは忘れて同じことをしてしまうんじゃないのかな、と思ってしまう。自分で謝ると、記憶にも残るし、こういうこと本当にしちゃダメなんだなって学ぶよね。

 

 そういう話をすると、「これだから今の日本は!」って思っちゃうかもしれないけど、イギリスでも同じような体験をしたので、どこの国でも一緒なんだよね。

 

 子どもは端から見てると可愛いけど、実際育てるときはあっぷあっぷなるものなんだろうね、と理解はするけど、やっぱりマナーはちゃんと教えなきゃダメなんだと思う。

 

 勿論、極たまにスッゴイ良い子に出会うことがあって、全く知らない子なのに、家から出て目が合ったら、向こうから「こんにちは」と言って頭を下げるデキスギ君もいたりする。友達のマンションに遊びに行った帰りに、エレベーターで先に乗っていた子がボタンを押して入れてくれて、降りるときもちゃんと『開』ボタンを押して、先に降ろしてくれた小さな紳士くんがいた。どっちの子も、小学校4年生ぐらい。将来が楽しみである。

 そういう子は、お母さんから日常のちょっとした時に、自然とマナーを教えられているのかも。世のお母さん方は、子どもの頭やら脳を発達させることに熱心であられるけれども、エチケットの行き届いた紳士・淑女にさせることは気にしてない人が多いのかもしれない。行き届かなくても、多少のエチケットは知るべきだよね。

 自分が母親になるときは、マナーとエチケットをちゃんとできる子に育てられたらって思う。

川崎中1殺害――『無関心という大罪』から学ぶ

『無関心という大罪』

 いじめという言葉は軽すぎるので敢えて使わず、ここでは、犯罪という言葉でいじめを繰り返していた非行少年たちを表現しようと思う。

 悪いのは事件を起こした少年、でも、それでもこれは社会が起こした事件のひとつだと思う。無関心が蔓延る社会で、無関心でいられないほどの非行・犯罪を繰り返してきた少年に対し、一歩踏み出して声を上げる。誰が見てもヤバい少年に、何か対策を取れなかったのは大きな失態であると思う。小さな命を犠牲にしたのだから、知っていて声を上げず、無視してきたとしたら罪は重い。ヤバい少年が起こした悲惨な事件だが、責任は少年3人だけには降りかからない。

 

「まさか、そんなことするなんて」は、誰もが思うこと。きっと、誰もが一度は誰かを殺したいほど憎んだことがあって、誰の心の中にも悪魔は住んでいるんだと思う。それを抑えつけるのが理性。その理性が発達しきれていない人は、やっぱり危険だし、周りもそれが分かるはずである。

 

 この少年は、報道では過去に猫を乱暴し、暴行事件もしていたという。何をするか分からない、そんな少年をどうにか更生させる方法はなかったのか。少なくとも、いじめを止めさせることはできたはずだ。

 今回のような酷い犯罪(いじめ)を繰り返していた少年たちには、一般の教師たちでは荷が重すぎる。非行少年を専門としたカウンセラーが必要になってくるのではないかと思う。

 そして、何より親の責任はかなり重い。18歳ということで、少年と言われる年齢は少し過ぎているかもしれない。親は、どう見ても危険な自分の子どもに責任を持つべきだと思う。見て見ぬふりをしていたとしたら、その罪は果てしなく重い。それはある種のネグレクトであり、それによりモンスターを生み出したということなのだから、最悪のネグレクトでもある。法律で、「子どもの危険さを分かっていながら、何も対策を取らなかった」ことへの罪を加えても良いかもしれない。

 

 「怖くて抜けられない」と友人に語っていた被害者の少年。グループから抜けたいと言っていたのに、だれか助けてあげられることは出来なかったのだろうか? そう思わざるを得ないが、殺人にまでいかなくとも、誰かが助けられれば何とかなったという状況は身近にもある気がする。

 被害少年、加害者とされる少年たちの周りだけを責める訳にはいかないのだ。この事件は日本の社会そのものを反映していると言えよう。

 

私たちに出来ることはなにか

 話はがらりと変わり、自分たちに出来ることを話そうと思う。

 日本中の人を元気にすることなんてできなくても、周りの人をちょっとだけ元気にすることならできるかもしれない。誰かに気を遣うことも、やはり必要である。

 たとえば友達が元気がなさそうだったら、食事に誘って、美味しいご飯を食べて、他愛もない話をして、ちょっとだけ元気になって貰える場を作ること。

 そこでその人が相談したいと思えば、向こうからしてくれるんじゃないのかなと思う。「相談ごととかある?」「最近元気にしてる?」なんて言われると、相談する前に構えてしまうから。

 実際、確実に悩みを持ってた友達は、他の友達からそう言われて何も言わなかった。帰り際、ぽつりと―一番悩んでることじゃなさそうだったけど―準・悩みぐらいの悩みを打ち明けてくれたことがあった。下手に聞かない方が、「実はね……」って感じで打ち明けてくれるんだよね。

 大切なことは、誰かをいつもより少しだけ気遣うこと。周りにヤバい人がいたら、誰かに相談したり、児童相談所・警察に話しをしに行くことを躊躇わないこと。知ってしまったことで責任が発生することを自覚すること。あなたにしか出来ないことがあるかもしれないからだ。

百田さん批判本について

【たかじんの実弟 家鋪渡氏が怒りの特別寄稿】
なぜ、さくらさんは「家鋪の妻」を名乗っているにもかかわらず、あの本の中で“歌手やしきたかじん”のファンが傷つくような、兄の痴態や醜態を晒す必要があったのでしょう? 彼女は、歌手やしきたかじんを貶めるという、もはや取り返しのつかない過ちを犯しました。

 

 ……えーっと、じゃあ、静かに裁判すればいいんじゃないの?

こうやって本にさせて公けにする意味が分からないし、怒りってのはそもそも図星から来るものもデカいのよ?

 

 殉愛は、多少は家鋪家批判が混じってたかもしれないけど、そんなんほんの一部よ? だって、愛がテーマなんだから。批判はテーマじゃないのに、なんでこうなった……。

 裁判じゃあ勝てそうにないから、本で名誉だけでも勝ち取りたいのかな。

 

 なんだかなあ。

非難の口が止まらなくなりそうなので、"みこと"にまとめると。

 

1.百田尚樹って名前をタイトルに載せてる時点で、殉愛ヒットに便乗しまくりじゃん!

 

2.アマゾンのレビューは、文学賞ものでも取れない★5つだらけ……。

  の割に、感想は似たり寄ったり。誰が書いたの?バイト??

 

3.『殉愛』の真実はね、誰にも分からないんじゃない? 

  真実なんてものは、誰にも分からないものだと思う。たかじんさん、奥さんになったさくらさん、百田さん、

 

 誰がそんなに頑張って批判をしてるんだろう。しかも、twitterで百田さん擁護をすれば、非難のtweetがめっちゃ来るらしい。ひい。

 

 そもそも論だけど、誰かの批判に重きを置く人はあまり信用しないことにしてる。相対的にどっちの方が非難してるのかといえば、自ずと答えは出るんだよね。

 

 でも、公けにする一般人の批判はタブーだと思うな。うちの父親も、たかじんさんの奥さんになったさくらさん

 悪女だったとしても、そんなの私たちが知る必要もないことだもん。やっぱり、誰かへの恨みつらみが何重にも重なっているようにしか思えない。

 ネットで検索すると、どうした!?ってぐらい、さくらさん批判、百田さん批判のものしか出てこない。それも何か気味が悪い。この記事に「いいね」を押してくれてる人がいるから、やっぱり一般的な意見としては(2月25日追記)

 知らない人が急に見たら、「ええ? たかじんさんって騙されたの?」

 究極、騙されてもいいと思うんだけどね。だって、大好きな人の傍にいて、幸せに亡くなったんなら、周りがとやかく言うことじゃないもんね。とやかく言ってる人々は、周りですらないんだけど……。

 もう、とにかく大きなお世話!!

 

 自己主張するのが苦手なはずの日本で、自己主張しすぎな人って日頃から主張しても聞いてもらえなくてストレス溜まってるのかしら……。

 


遥洋子が語る やしきたかじんの最期 - YouTube

 これを観たら、さくらさんの人となりが分かると思う。